アルゼンチン株式

ハイパーインフレ・緊縮財政・高金利のアルゼンチン?実際のファンダメンタルズ分析から株式投資の可能性を検討。

アルゼンチン」といえば何を思いつきますでしょうか?

私は美味しいステーキと、バルセロナに所属するリオネル・メッシ選手を思い出してしまいます。

 

アルゼンチンへの株式投資について書いていきたいところですが、

アルゼンチンは個別株はもちろんのこと、

投資信託にも一部組み入れられているものしか現状はありません。

 

海外ETFはラテンアメリカ全体に「米ドル建て」「低コスト」で投資ができますが、

南米への投資に興味があればアルゼンチンの情勢は気になるところですよね。

今回はそんなアルゼンチンのファンダメンタル分析を実施していきたいと思います。

 

アルゼンチンの一般・経済概況・歴史

アルゼンチンは南米、と言っても南米のどこにあるのでしょうか?

以下はアルゼンチンの正確な位置となります。

パラグアイ・チリ・ウルグアイに挟まれていますね。

アルゼンチンの位置

 

 

チリワイン・アルゼンチンワインは人気ですが、

それはこの2国のワイン作りに適した気候(カラッとした天気)や立地(アンデス山脈)など色々な要素があります。

それではアルゼンチンの概況は確認してみましょう。

 

1 面積 278万平方キロメートル(我が国の約7.5倍)
2 人口 4,385万人(2016年,世銀)
3 首都 ブエノスアイレス(Buenos Aires)
4 民族 欧州系(スペイン,イタリア)97%,先住民系3%
5 言語 スペイン語
6 宗教 カトリック等

(引用:外務省

 

アルゼンチンの国面積は日本のなんと7.5倍ですが、

人口は4000万人台と人口密度はかなり低いですね。

 

南米はブラジルをはじめそれぞれの国が非常に広く、

地域ごとに濃い文化があるのが特徴ですね。

首都はブエノスアイレス、言語はスペイン語です。

アルゼンチンの簡単な歴史も押さえておきましょう。

 

年月 略史
1816年 独立
1946年 ペロン政権の成立
1973年 軍部介入など変遷の後再度ペロン大統領が就任
1976年 クーデターにより軍事政権成立
1982年4月~6月 フォークランド(マルビーナス)諸島紛争
1983年12月 アルフォンシン大統領就任(民政移管)
1989年7月 メネム大統領就任
1995年7月 メネム大統領再度就任
1999年12月 デ・ラ・ルア大統領就任
2002年1月 ドゥアルデ大統領就任
2003年5月 キルチネル大統領就任
2007年12月 フェルナンデス大統領就任
2011年12月 フェルナンデス大統領再任
2015年12月 マクリ大統領就任

(引用:外務省

 

1816年に独立して以降、クーデターによる軍事政権成立やフォークランド諸島紛争など、

様々なイベントを経て、現在はマクリ大統領が指揮を取っています。

 

アルゼンチン大統領マウリシオ・マクリ氏の政治

アルゼンチン大統領と言えば、マウリシオ・マクリ氏です。

 

マクリ大統領

 

 

マウリシオ・マクリ大統領は2015年12月にアルゼンチンの「ニューリーダー」として大統領に就任しました。

アルゼンチンは反米ボリバル革命路線で、

  • 景気低迷
  • 高インフレ
  • 外貨不足

が拡大した経緯があります。

この3点を改善すべく、アルゼンチンが親米を深め自由主義経済を推し進めるために選ばれたのが、

マクリ大統領なのです。

以下はアルゼンチンの大統領選挙ですが、

非常に僅差で、ポピュリズム政策派、つまりマクリ氏と反対の政策意思があるダニエル・シオリ氏を破り、

大統領に就任しました。

 

アルゼンチン大統領選の結果

 

 

Break:ポピュリズムとは?

「ポピュリズム」とは「大衆迎合主義」とも訳されます。

 

言葉の通り、「支配階級」「知識人」など社会的なエリート層に対抗し、不満を持つ一般大衆の願望を聞き入れる思想・政治体制のことを指します。

 

ポピュリズム政策の手法としては、様々な政治問題に対して一定以上の見識がある国民よりも、「一時的な感情や空気(雰囲気)」によって政治的態度を決めてしまう大衆の意思を重視し、うまくそんな人々の支持を集めるやり方で、

政治家に都合の良い政治的基盤を作り上げることが代表的です。

 

 

マクリ政権前、後の政策状況

マクリ政権の前後のアルゼンチンの政策を比較してみましょう。

マクリ政権前

  • 輸入規制
  • 為替規制
  • 有志の制約、パリクラブ問題

マクリ政権

  • 送金規制緩和
  • 輸入規制緩和
  • 財政規律回復
  • 国際金融界からの信頼回復(債務返済による)

 

上記の通り国際金融界、ひいては国際社会への信頼回復につとめ、

投資誘致の実現を目指しているのがアルゼンチンのいるフェーズとなります。

マクロ経済指標を改善し、税制、年金、労働制度などの各種制度改正を目指し、

政策を進めています。

 

アルゼンチンの現状、GDP成長率の推移を把握してみよう(ハイパーインフレ・緊縮財政・高金利を越えて〜)

アルゼンチンの経済はどのように推移してきたのでしょうか?

1990年からの流れを見てみましょう。

アルゼンチンのGDPとその成長率

 

 

現在は4%の水準で推移していますね。

IMFの見通しですと、2023年まで今の水準で経済成長は継続していくと出ています。

 

それぞれ特に経済減速が顕著なイベントを解説していくと、

1985年に超緊縮財政、1989年にハイパーインフレーション(CPI上昇率が年率3000%!)を経て、

1995年にはまたも緊縮財政・高金利を実施し、経済成長率はマイナス成長となりました。

 

緊縮財政とは

歳出を厳しく抑制する財政のこと。ケインズ理論によると,景気の加熱を抑えるために,財政当局が支出の削減や増税などにより総需要を引き下げる政策のことを指す。

日本の場合,神武景気や岩戸景気のときは国際収支の悪化を背景に,またいざなぎ景気のときには物価上昇を抑制するために行なわれた。

最近では国債残高の累増を解消するために 1983年に 90年度赤字国債からの脱却という目標を設け,84年度以降景気動向とかかわりなく緊縮財政が実施された。

(引用:緊縮財政

 

2001年には通貨危機が発生、アルゼンチンは経済破綻し、

その直後に「対外債務のデフォルト」が起きてしまっています。

 

このことが要因となって2002年の経済成長率はマイナス10%を越えました。

しかし2003年から2007年は経済は回復し順調に推移していました。

これはなんとバブルだった中国の水準に次ぐ経済成長率でした。

 

しかしここで2008年に世界金融危機(リーマンショック)が起きてしまい、

2012年以降はポピュリズム政策により、

経済運営に亀裂が入り、そこから経済不振が始まりました。

 

このポピュリズム政策を脱却し、経済基盤再構築を担っているのが、

上記で紹介したマクリ大統領率いるマクリ政権です。

 

この動きは世界的に評価が高まっており、

2017年:WTO閣僚会合

2018年:G20サミットをアルゼンチンで開催

と少しづつポジティブなニュースが増えてきました。

 

アルゼンチンの一人当たりGDP・中所得国の罠に注意

ちなみにアルゼンチンの一人当たりGDPはどの程度の水準なのでしょうか?

一人当たりGDPは今後の経済動向を把握するにはとても大切です。

一人当たりGDPが10,000USDの水準に到達すると、

新興国は「中所得国の罠」を投資家に心配されます。

 

■中所得国の罠とは何か
「中所得国の罠(middle income trap)」とは、世界銀行が2007年に『東アジアのルネッサンス』のなかで提示した枠組みであり、

安価な労働力や外資誘致などを活用して経済成長を実現したアジアの中所得国が、産業構造の高度化や技術革新への努力を怠れば、時間とともに成長が鈍化し、高所得国への移行が困難になるという考え方である。

中所得国の罠を回避するための施策としては、高等教育制度の整備、研究開発費の増加促進、都市のインフラ整備、自由貿易協定(FTA)を含む規制緩和の推進、政府主導から民間主導の産業構造転換などがあげられる。

(引用:日本総研

 

それではみていきましょう。

以下がアルゼンチンの一人当たりGDPです。

アルゼンチンの1人当たりGDP

 

 

アルゼンチンの一人当たりGDPはすでに14,000USD台とすでに中所得国の罠を越え、産業転換に成功していると言えるでしょう。

しかし、当然ですが一人当たりGDPの乱高下も激しいですね。

 

現在アルゼンチンは懸命に投資誘致を進めていますが、産業構造の高度化、技術革新への努力が継続して必要となるフェーズにあります。

 

高所得国へはまだ道半ばというところでしょう。

 

WTO閣僚会合やG20サミットをアルゼンチンで開催などは、しっかり前進している状況であることがよくわかります。

 

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